永遠のお別れを理解した夜

昨日は友人の大切にしていた愛犬が亡くなった、という知らせを聞き、とてもショックな日でした。
そのコは、私のかつての愛犬の息子だったので、思い入れも強く、おばあちゃん気分でいた私。そのコを通して昔の愛犬を見ることもでき、そのそっくりな風貌と、優しくて穏やかでみんなに愛される気質は本当に可愛くて可愛くて、大好きでした。

昨晩、最後のお別れをさせてもらいに彼女の家へ。
愛犬が亡くなった時と同じように寝てるようにしか見えないその姿に、現実味がなさすぎて、信じられなくて。そしてそのコを大事にしてやまなかった友人がこれから辛いであろう毎日を思うと切なかった。。。

私は子供の時から犬が好きでした。犬図鑑を眺めては、いろんな犬種を覚えたり、特徴、性質などを調べていました。w
住んでいたマンションのお隣さんと我が家はとても仲がよく、お隣さんはポメラニアンを数頭飼っていて、よく一緒に遊ばせたり、散歩させてくれました。嬉しくて毎日のように、「散歩させてください!」と夕方に隣家を訪れていた私。(今思うと相当迷惑。。汗)
大切な愛犬を小学生の私に、よく散歩させてくれたなぁと今更ながら感謝です。当時、そのコと散歩することが私にとって最高に楽しみな時間でした。

子供時代、私と兄は2人とも小児喘息で毛のある生き物を飼うことは禁止されていたので、犬と暮らす夢は叶わなかったけれど、大人になったら絶対犬と一緒に暮らすんだと思っていました。念願叶ってレトリバーたちと暮らした日々は忘れられないものです。そのコたちは今はもう天国へ行ってしまい、この世にはいませんが、宝物のような日々でしたなぁ。。

その後、環境も変わり、結婚しましたが、娘が生まれる前に、再度犬を家族に迎えいれ、娘が生まれた時から犬がいる環境にできたらというのも夢でしたが、飼える環境にもなかったのであきらめざるを得ず。でも犬と赤ちゃんを関わらせたいなぁ〜という願望はずっと持っていました。
そして娘が生まれ、その友人の愛犬と娘も交えて会うようになり、一緒の時間を過ごす度、そうそう、こういうのを夢みていたんだよなぁと思いました。

私の犬好きもあって、娘も最初から犬に抵抗はなかった様子で、大型犬に臆する様子もなく触れ合っていました。娘にとって、犬というのはこういうもの、というファーストインプレッションになったコでもありました。おおらかで大きくて包容力があって優しくて、犬という生き物の魅力全てを持っていたようなそのコ。
書きながらも、ありありと元気な時の様子が蘇って、おもわず幸せな気分になってしまう、そんなコでした。

昨晩、寝る前に
「今日ママ、Tちゃんとこに行ったでしょ。じつはあのコがお空に行っちゃったんだ。。だからお別れしてきたんだよ。」
と話すと、娘はみるみる涙をためて
「うわ〜〜っ」
と号泣しはじめました。
「さみしい。さみしい。さみしいぃ〜〜〜っ」
号泣しまくって何を言っても泣き止まず、しゃくりあげる様子を見て、正直驚きました。

今まで、彼女の通っているプリスクールで、やめていく子や外国人で母国に帰っていく子もいたのですが、長い時間を一緒に過ごしたそのコたちとのお別れは、彼女にとってあまり苦でないように見えました。
「遠くへ行っちゃったの?もう学校に来ないの?そっかぁ〜。。」
とあっさりした様子の娘。
反応薄すぎ・・・もう会えないこと、ちゃんと理解していないのかなぁ??という印象でした。

でも昨晩の号泣は、もう二度と会えない、、ということを理解していることが伝わってきました。娘が大好きな存在との別れを初めて経験した、そんなふうに見えました。

赤ちゃんの時から度々触れ合ってきた、初めての人間以外の大きな存在に、娘なりに特別な愛着があったんだろうなということがうかがえて、また娘がそんな強い愛着を持った相手が、かつて私が大好きだった愛犬の息子だということが、なんだかとても不思議で縁のあることに感じます。

生と死について、考えさせられることの多いこの頃、今、自分がこの世に存在していられること、愛する娘の元気な笑顔が目の前にあることを感謝して、今生きている幸せをしっかり感じようと思う夜です。
大好きなあのコのご冥福を祈ります。

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